一般社団法人ラ・ネージュでは、その定款の目的として以下を掲げています。

その最初の活動として、その1に該当する、地元伏見の多くの地元の人達が見たこと、聴いたことのない、地元伏見がその舞台の伝統芸能を3回シリーズで、第1回で講談、浪曲、落語、第2回で淀川三十石船舟唄と杜氏(酒造り)唄を様々な形で、第3回で能と狂言をお送りすることから始めました。
その後の活動として、その活動を実績として、共感いただいた方にこの社団を支える会員の募集を始めると共に、
次の2年はそれぞれ別のアーティストの方の展覧会を、一つは京都市中心部の大きな会場で、もう一つはイタリアのフィレンツェでプロデュースします。
それとこの投稿のタイトルがどう関係しているかを書いていきたいと思います。
これまでも、これからも、ラ・ネージュが応援していきたいアーティスト像がはっきりして来ました。
それは、一人で隅々まで創っておられる方だということ。
どんなに大きな作品でも、助手を使うことはなく、隅々まで自分で創りたくて、創る方。
世の中には超大作を沢山の助手、学生を使って作っておられる方も沢山いらっしゃいますし、それが必要なことも、それもまた素晴らしいことも存じています。
が、ラ・ネージュが応援したいのは、一人で隅々まで創っておられる方です。
そして、これまで、大きな力に阿ることなく、ご自身の創りたいものを創って来られた方。
「数」とは関係なく来られた方。
それは、ラ・ネージュの歩みとも重なります。
実は、それは、イベントそのものにも言えること。
伏見の伝統芸能イベントの第1回をする時、協力をお願いしたある方に開口一番言われたのは「(大企業の)スポンサーがついていないんですか?すごいですね。」です。
でも、そのイベントに関して言えば、お一人お一人が、所望した協賛金を支払ってご参加くださり、満席になる、満席にならなくても、任意の協賛金を支払ってくださる方がおられれば成立するのです。
うーむ、矛盾しているようですが、矛盾していない。
強いて言えば、「常識を覆す」「思い込み、刷り込みをなくしたい」ということでしょうか。
つまり、「一人で作れる訳がない」と思われていることは一人で。
「大企業の協賛がなければできない」と思われていることは、一人一人が沢山集まれば、的な。
いずれにしても、タイトルにした「人一人の力が小さくないのだということを、感じてもらいたい」のです。
また、もっと言えば、例えば大企業がスポンサーになっているとしますね。
それが自分の知っている、そこの製品を買ったことがあるところだとすると、あなたの買った製品の価格には広告宣伝費も入っているのであなたもその一翼を担っている訳です。でも、あなたの存在は無視され、スポンサーの大企業のみの冠がついている。
例えば、多くの人が助手をしている作品があったとして、映画のエンドロールのように、その全ての人の名前がどこかに記されているのならいいと思うのですが、表に出るのは一人のアーティストの名前だけ。そういう状況を打破したいのです。
あともう一つ、多くの人に、ただ享受する「お客さん」ではなく、「自分も主催者側である」ということを体験してもらいたい。
「誰かにやってもらう」のではなく「自分でする」。
「自分が動けばできる」の体験。
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ちょうど、この投稿を書きかけ、下書きで寝かせていた時、なぜか、このタイミングで、リアルタイムでは見なかった、母校、同志社の創設者・新島襄の奥さん、新島八重を主人公にした2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」を最初から最後まで通して見ました。
その中に、新島襄と八重が勝海舟を訪ね、困っていた大学の資金集めについて話していた時の会話の中に、
「せっかくの大学をヒモ付きにする気かい。官からの独立、自由教育を謳っている新島さんが。」
「…。」
「政府の為に創るんではなく、人民の為に創る大学だろう。だったら志を全国に訴えて、国民の力を借りて創っちゃどうだい。一人から1000円もらうのも、1000人から1円ずつ集めるのも、同じ千円だ。」
というシーンがあったのです。
まさにそれ!!
我が意を得たり。
アーティストの自由な活動を支え、アーティストがさらに飛躍する「きっかけ」の場を創りたい。
その場は直接売買の場にはならないけれど、「そこから何かが起こる」。そんな、何が起こるか判らない、ワクワクがある場を創りたい、それも、「みんな」で。
と、思っています。
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「誰かにやってもらう」のではなく「自分でする」。
「自分が動けばできる」の体験。
に関していうと、
かつて私は地元の小学校でPTA会長を、また、京都市全体の小(学校)P(TA)連(絡協議会)で副会長を2年、会長を1年やったことがありました。
単位PTA(各学校のPTAのこと)で1年の任期内でみんなが変えたいと思っていることをどうしたら変えられるかをみんなで考え、臨時総会など必要な手順を踏み、任期内に変え、単位PTA、小P連に於いて、当時の最長だった3年以内の重選を終えると、そこに留まることなく辞めたのは、任期内で、するべきことを改革し切ったこともありますが、一番は、「やろうと思えば誰でもできるその立場を、でも、いいこと、悪いことを含めて、その立場に立たなければ見えない景色を、自分が独占するのではなく、色々な人に見て欲しくて、また、その中で、やろうと思えばできることを体験してもらいたかったから」です。
今、まさに、色々奪われて、また、思い込まされて(それも奪われていることのうち)、「自分では何もできない」と思っている人達に、「自分にもできる」と、思ってもらいたい。それがやがては、人々が真ん中にいる、真の「国民主権」の国に、そしてまた、世界平和に繋がるのだと思うのです。
