気が付けば、いつの間にか3年計画の、ある種壮大なイベントになったのですが、それは全て自然の流れ、神様の思し召しとも言えるものでここまで来ました。
1回目の企画書の初めの企画経緯やこちらの投稿に、1回目に至る経緯のことは既に書きましたので割愛しますが、そこから2回目、3回目のイベントやその内容が詰まっていく経緯が実に不思議な出会いに導かれていて、それもここに書いておこうと思います。
1回目のイベントの企画ができ、そのことをFacebookに挙げた時、この内容を見て、

「三十石船といえば、大和楽にも『三十石の夜船』というのがありますよ!」と、こちらの動画を教えてくださいました。
それが何とも風情があって素敵で。大和楽も、日本舞踊もなかなか接することがない日常。是非お願いしたいと思いましたが第1回目にこれ以外に付け加えることは不可能。
それで、元々以前から伏見にある金札宮が舞台の能『金札』をできれば伏見で上演して地元の方にご覧いただきたいという悲願がありましたので、そちらと大和楽の日舞を組み合わせ、できることなら第1回目の最後の落語の演目「三十石夢の通い路」から数珠つなぎのような形で第2回目のトップバッターを務めていただこうと思いました。
その時は、それと共に、いつか伏見の方々にご覧いただくのが悲願だったお能「金札」を上演しようと思っていました。
それと同時に、2024年2月のイベントの会場を予約申し込みに行く時に、「伏見にも三十石船唄保存会の方がおられるのでご出演いただこうと思ったところでコロナ禍になり、その時点でかなり高齢化しておられ出演が難しそうだったので、きっともう無理だと思う」と聞いた、保存会の存在があることが判り、気になっていました。
折角伏見に保存会があるのであれば、「三十石の夜船」を上演する時に、歌ってもらえないだろうか?
と、思っていた時に、ちょうど金札宮さんにこの件をお知らせするのに伺った時に、いつも宝恵駕籠に乗っておられる方が三十石船唄を唄っておられると聞き、その方と保存会の関係は?と、思いつつ、望みが出て来ました。
そうこうしているうちに、歴史フィールドワーク、ワークショップセミナーに参加した際、主宰の方がある歴史的な地点で法螺貝を吹かれた時、即座にそれと呼応するように声を出された女性と出会いました。
その方は、まだお若そうなのに、その後のそれぞれが参加動機などを話す時にも、主宰の方がこれまで行かれて写真に収められた日本の古代遺跡のほとんどに既に行かれていて、子どもの頃からホメロスの叙事詩を聞かされて育ったというようなことをおっしゃり、歌手で、ミホミュージアムでも唄ったことがあるとおっしゃられていましたが、その時は時間切れで帰らねばならなくなり、お名前などは伺うことができませんでした。
それから私にしては珍しく、もし参加して、伏見も方がおられたらイベントのことを宣伝しようという下心もあり😅、2月26日、地元伏見区選出の府議会議員の方を囲む会に出席しました。そうしたら、色々と気を遣って席を決めてくださったようで、伏見の地元の素敵な方々が集まるテーブルに入れていただいていたことが判ったので、仮チラシを渡させていただきました。そうしたら、何と!一番最後の演目に反応してくださり、「親父が(三十石船唄)保存会会長をしています。」とおっしゃる方がおられました!
「え〜〜!!何ですって〜〜??」ということで、第2弾は色々な三十石船唄にまつわる演目とお能「金札」を上演する会にしたいので、是非お父様にお話しさせてください!と、申し、そのテーブルは皆さま同じ会の会員の方で、「宣伝させたげるからいらっしゃい」とおっしゃっていただいたので、入会させてもらうことにしました。
また、その場で囲まれる議員の方自らも参加して打たれた藤森神社に伝わる「藤森太鼓」の華やかさにも非常に感銘を受け、「いつか!」と、思いました。
その興奮冷めやらぬ中、夕食後、点いていたテレビを見ると、「見物左衛門『深草祭』」という演目がいきなり流れて来てびっくり!!それは、件の太鼓もですが、友人が氏子だったり、神輿会長を務めたりしている藤森神社のお祭りがどういうものかをそれを見に行った「見物左衛門」という人物が伝える、非常に珍しい一人狂言で、その時は90を過ぎられた野村萬さんが演じておられ、野村万蔵家のお家芸ということでした。解説をされていた野村万蔵さんは、SNSで繋がっている友人知人が多数おられた気がして、次の瞬間、「いつか是非お願いします!」と、申し上げたのは申すまでもございません。ちょうどその頃東京に行く用事があり、週末にかかるので、出演されている狂言があるのでは?と探したらあり、伺って書面にてお願いしてまいりました。
まだ実際に藤森神社のお祭りには来られたことがないとのことなので、お越しになり、地元の方と交流され、いざ上演!のようなテレビ番組ができたらいいのに!と、思いました(今でも思っています)。
そうなると、徐々に、「三十石船唄」をする日と、「能狂言」をする日は日は分けた方がいいような気がして来ました。
そして、そうこうするうち、歴史ワークショップセミナーでお会いした方のお名前が分かりました。そして何と!過去に、「クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する」というタイトルのCDブックを出しておられたり、その唄の採集、再生の過程がテレビ番組にもなっていた方でした。第2回目は「三十石船唄祭」として、是非、その松田美緒さんに三十石船唄をそのままに、かつ、カッコいいサウンドで甦らせていただこう!と、思いました。
その頃、金札宮さんに伺い、三十石船唄と能狂言は分け、能狂言はトリの3年後になることを快諾していただき、三十石船唄保存会の前会長様と、現在の世話役の方にお目にかかれ出演を快諾いただけ、美緒さんの動画も見ていただき、お願いすることも快諾いただきました。
そして、分けて書き出してみると、何と!2025年は大阪万博の年で、それに向けて、今は枚方と天満橋の八軒屋浜までしか通っていない舟運が、伏見まで開通するように進められているというのです。何というタイミング!それに先鞭をつかられるようになればよいと思います。また、2026年は、今年クラウドファンディングで造られていた藤森神社の藤棚に藤が綺麗に咲く頃だそうです。その年に見物座衛門をご覧いただけるとは!
5月14日に金札宮の神幸祭にお邪魔する前に、SNSに投稿する前に、以前のことを調べようと「金札宮」で検索をかけたら、何と!7月1日に宝生能楽堂で金札を舞われる方の投稿がありました。私はまだ「金札」を見たことがないので、是非行こうと思い、宮司さんをお誘いしたら、息子さんや娘さんはまだご覧になったことがないとのことで、ご一緒することになりました。
6月には藤森神社の宮司さんにもご挨拶でき、7月1日に伺うと!何と!宮司さんご一家とご一緒だったから、ご宗家にもご挨拶することができ、ちょうど万蔵さんも出演されておられたので、ご挨拶することができました。
そして何と!!!ずっと上演するつもりだった(もちろん上演します)観世流を始めとするほとんどの流派の金札が「半能」であるのに対して、宝生流の金札は、前場もある完全な能で、その前場の部分にこそ、「金札宮がなぜこの地に置かれたのか」という縁起のみならず、「伏見が伏見である由縁」まで出て来て、それがまた、伏見人には堪らない!と言いますか、伏見の方にはどうしても聞いていただきたいものだったのです。
それで、程なく、観世流でお願いしている方にお許しをいただき、観世流の「金札」の前に、宝生流の「金札」もお願いすることにしました。
そして、8月には松田美緒さんにも正式に唄のことをお願いでき、クレオールニッポンの CDブックの絵を描かれた渡辺亮さんに絵をお願いすることにしました。
8月末から一度は7月に出て頓挫していた一般社団法人設立に向けて動き出し、9月20日には定款認証を受け、10月12日の大安吉日に申請→設立日となり、27日には登記手続きが完了し、その日のうちにゆうちょ銀行に口座開設申請、夜にGMOあおぞらネット銀行に申請、そちらは30日には開設完了。今1ヶ月はかかると言われているゆうちょ銀行口座の開設待ち。
その間に、ずっと気になっていた伏見桃山にお住いの大蔵流狂言師の方にも繋いでいただき、ずっと気になっていた御香宮にまつわる演目がないことも、クリアできる手立てをご提案いただいています。
伏見稲荷がないことは、その時には存在しているはずの素晴らしいキルト作品の展示が補ってくれる予定です。
一般社団法人が設立できましたので、当初から、お越しいただけるかどうかは別として、伏見がこれらの芸能の舞台であることと、これらの伝統芸能の存在をとにかく知っていただきたく、伏見の小中学校の子ども達に配布できるようにと京都市教育委員会の後援名義をもらうべく、申請し、程なく下りる見込みです。
その時改めて3年分の収支予算表を作成、提出し、とにかく3回目は出演者が多数おられる上、交通費、宿泊費がかかりますので莫大な予算がかかります。
でも、3年かけて、最後の観世流の「金札」の一部は、会場の皆さんも一緒に吟ずるまでになっているくらい様々を盛り上げて行けば。
所作台を敷き詰めた舞台で太鼓は…予算が…と、諦めかけていた、早くからご紹介したかった藤森太鼓も、盛り上げて、「できるようにすればいい」んだ!!と、考え方が切り替わりました。
発案したのが昨年12月15日。場所を取りに行ったのが昨年12月17日。「叩き台」を作るのに約1年かかってしまいました。
来年2月の第1回のイベントでも地域との連携もまだまだ諦めませんが、1回目にできなかったことが2回目、3回目と、この叩き台より演目が増えていたり、グッズができていたり、関連イベントができたり、等々、折角社団法人を作りましたので、協賛いただいたみんなで創り上げるイベントとなればと思います。
どうぞどうぞよろしくお願いいたします。
最後に、どうしても私が宝生流のお能をお呼びしたくなった理由である、「金札」前場の詞章(その時シテを演じられた、2026年にも演じられる関直美さん作)をお目にかけます。

